老人ダッシュ
会社から帰宅途中、地下街から地上に出るためのエスカレータでの出来事。
上りエスカレータに乗り、ぼーっと立っていると、がらすきの下りエスカレータから「ダッダッダッ」ともの凄い足音が聞こえる。
驚いて音のする方を見上げると、70歳はとうに越えていると思われる老人(男性)が下りエスカレータを逆行し、登っていく。しかも、「はぁーはぁー」と大きな声を出しながら…。
私は、なぜゆえ老人が上りエスカレータを使わずに、下りエスカレータを逆行しているのか意味不明ながら、心の中で「ガンバレ、じいさん」と叫んでいた。
しかし、上りエスカレータに乗る私との差はみるみる縮まり、ただ、機械によって重力に逆らい続ける私は、あっという間に老人を抜き去っていく。
エスカレータを乗り終え、下りエスカレータの終点(始点?)を見つめる私。
しばらくして、老人はやっと私の視界に見えはじめた。なんと老人は杖を片手に持ちながら懸命に下りエスカレータを登っていたのであった。
あともう少しでゴールという場所まで来たが、下へ下へと繰り出されるエスカレータのステップに邪魔され、老人はなかなか”動かない地上”へ到達することができない。
私は、誰も乗ろうとしない下りエスカレータの乗り口に立ち、老人へ心の中から応援を送る。
……そして遂に老人は成し遂げた。下りエスカレータの呪縛に打ち勝つことができたのだ。
私は心の中で、「やったな、じいさん」と呟きながら、立ち去ろうとする刹那、老人と目が合った。老人はちょっと目をそらしながら、「まだいける、若いな」とアルコール臭を漂わせながら、片手で杖をつきつつ去っていった。